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父の菩提寺(ぼだいじ)を訪ねた日の出来事

2021年06月01日

ふるさとの寺

このコラムでは私がニュースのプロとして目にした様々な出来事から
「感じる」ことを取り上げ、人間の真相にあるものを「読み」、
そして人生を信じることの意味を「考える」ことを綴っていきたいと思います。

私の父は昭和17年生まれ。
昭和世代の父親はきっとほかの家でも同じようなものだったでしょうが、
朝から晩までそして月曜日から土曜日まで仕事で、家には寝に帰るだけの仕事人間でした。

おまけに転勤族で、単身赴任をしていた時期もあり、
たまに父と日曜日に二人で出かけようものなら緊張すらしていたことを思い出します。

父も同様に中高生時代の私は思春期で多くを語らず、
何を考えているのかわからなかったとのちに振り返っていました。

そんな私にとって、父の育った町はごくたまに訪問したことがあるくらいで、
本籍地として戸籍で見るだけの、生活をしたことは無い不思議な場所でした。

月日を重ね、父が定年退職をしてから、私は3度ほど「父息子二人旅」なるものを企画し、
移動の道すがら若いころに父が何を考えていたのか、今私が何を考えているのかを語り合う機会があり、
ようやく距離が縮まったように感じました。

その後、父は心臓を患い、耳もどんどん遠くなり、
正直あと何年生きれるのだろうかと毎年心配するような年齢を迎えています。

この2年ほどは新型コロナウィルスの影響で会いに行くことすらままならない状況でした。

その間、空き巣の被害に遭遇するなど、やはり年寄りだけの生活は不安がつきまといます。
いろいろ確認をしておくためにも感染拡大が落ち着き、
まん延防止等重点措置や3度目の緊急事態宣言に入る前のタイミングで、
私はPCR検査を受けて両親が現在生活をしている家を訪れることにしました。

現在両親が生活をしている家は私が生まれた家ではありません。

どこにいるのかわからないような、
いわゆる郊外の新興住宅地という没個性的な場所に位置しています。

それでも親が生活する家には昔から変わらない家具もあり、
何よりも直接言葉を交わせることがありがたく、懐かしさを感じるひとときでした。

私は思いたって、少し車を走らせれば行ける距離にある、
父が生まれ育った町に何気なく連れ出してみました。

そこで父が私を案内してくれたのはある寺でした。

祖父母の葬儀はこの寺で執り行ったそうですが、
正直に言えば私にはかすかな記憶しかありません。

私にはごく普通の寺に見えますが、
父にとってはタイムマシンに乗ってやってきたかのように感じたようです。

「ここで兄貴とよく遊んでいたんだ」「寺の裏は今どうなっているのかなぁ」
と少年のように目を輝かせながら駆け出していきます。

ふるさとの寺の石

この寺は、一瞬で少年時代や、その時いた人々を思い出させてくれる場所なのです。

父が遊んでいた頃は戦後すぐから高度成長期前まででしょうから、
街の風景はそれなりに変わったに違いありません。

しかし、寺の風景だけは記憶の中とほとんど変わっていなかったのでしょう。
寺とは地域に根差し、変わらぬ人々の心の寄り所であることを実感する、なんとも温かい時間でした。

転勤族の父のもと、小学校を3か所も転校した私には「ふるさと」といえる場所がないだけに、
これが「ふるさと」なのだと感じる瞬間でもありました。

そして父の中では人との縁をも思い出す場所がこの寺だったに違いなく、
親孝行といえるようなことはこれまでに何もできてはいませんが、
ここにきてよかったと感じる1日でした。

コロナ禍であり、東京からの移動もすべて車、
そして不要不急に対応するべきことを済ませ、他に誰とも接触はしないまま帰京しました。

しかし帰宅した翌日。
明るくなり気付いたことは、東京ナンバーの私の車の側部は
明らかに鋭利なもので傷をつけられていました。
きっと駐車場などに停車したわずかな時間にやられたのでしょう。

一刻も早くワクチンが行きわたり、
大事な人を訪問することができる普通の日々に戻れることを願っていますが、
そのためにも政策の不作為は報道として厳しくウォッチしていかなくてはなりません。

しかし同時に誰かを傷つけるのではなく、人の心に温かく寄り添いながら、
新型コロナ感染を防ぐことを伝えなければならないと自戒する出来事となりました。

来月、東京はお盆を迎えます。

コロナで人々の集うことがよしとされない中でのお盆となるのか、
五輪に向けた対策が功を奏するのか。

父のふるさとの寺で過ごした時を思うと、
一日も早くコロナの感染拡大が終息することを願うばかりです。
(文・大野伸/報道番組 統括プロデューサー)


大野伸(おおの・しん)
日本テレビ放送網(株)報道局にて夕方のニュース番組「news every.」の統括プロデューサーを2018年12月から担当。1996年日本テレビ入社し、報道局社会部で警視庁を担当するなど記者業務に従事。2003年経済部に異動し財務省や経産省を担当。谷垣禎一財務大臣や竹中平蔵郵政民営化担当大臣の番記者を担当。ダイエーや三菱自動車の経営再建取材など民間企業の取材も行う。2008年からは経済部デスクとして多数の企業再建取材の陣頭指揮を行い、ニュース番組での解説者やラジオ番組でのコメンテーターとして解説の現場にも立った。2016年から2018年まで報道局「Oha!4 NEWS LIVE」プロデューサーを務める。最終学歴は早稲田大学大学院政治経済学術院公共経営研究科修了。公共経営修士号を取得。現在も早稲田大学パブリックサービス研究所で研究員を務め、政策コミュニケーションを研究している。本業の合間に企業などでの講演も多数。散歩途中に都心のお寺を巡り歴史に触れること、お寺の清らかな空気に心を癒やされることが趣味。

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